今度の協調介入は、防衛型か、押し上げ型か?

東日本大震災をきっかけに、為替相場の潮目が変わろうとしている。引き金は、日本の求めに応じて主要先進国が3月18日、約10年半ぶりに実施した為替の協調介入だ。これを機に一時1ドル=76.25円と過去最高値を更新した円高が、今後は円安トレンドに向かうとの見方が強い。投資方針を大転換する必要があるかもしれない。

震災から介入まで→

3 月11日14 時4 6 分マグニチュード9 . 0 を記録する地震が東北地方太平洋沖で発生。これを受けて、ドル/ 円相場は一時的に円安に動くが、その後は一気に円高となる。

3 月1 2 日~3 月1 6 日 ドル/ 円相場は、4 日連続で大きな陰線をつけ、これまでのドルの安値7 9円7 5 銭を割り込む。

3月17日早朝 ニューヨーク市場が引け、シドニーのウェリントン市場が始まると同時に急激な円高へ。ウェリントン市場で76円25銭のドルの戦後最安値を記録。

3 月18 日7時 財務省大臣室でG7の緊急電話会談が行なわれ、日米欧の協調介入が合意に至り、まずは東京マーケットで日銀が介入。一時、8 1 円台後半まで円安が進む。

3 月19 日 前日までの介入がウソのように、8 1 円台での介入が見られなかったことで、円・ドル相場は膠着状態に突入。

取材・文●渡辺賢一 撮影●矢木隆一

レパトリ狙いの円買いが膨んで過去最高値を更新

東日本を襲った激震と津波のショックは、世界の為替市場まで大きく揺り動かした。3月11日の地震直後は、「ともかく円を売らなければ」というリスク回避意識が働き、一時的に円安が進んだ。しかし、わずか90分後には、円売りから円買いに転換。日本の生損保が巨額の保険金払いの原資として、対外資産を売却しドルを円に換えるレパトリエーション(資金の本国還流。以下、レパトリ)が加速するとの思惑が広がったからだ。

レパトリ狙いの円買いポジションは次第に膨らみ、16日未明に円・ドル相場が95年につけた前回のドルの最安値の79円75銭を割り込むと、ニューヨーク時間からウェリントン時間に移行した薄商いの中で、一気に過去最安値の76円25銭まで急伸。急激な円高を恐れた財務省は18日午前7時、G7各国と緊急電話会談を開き、約10 年半ぶりの為替協調介入を実施した。その効果は表れ、ドル/円は4月6日現在、1ドル=85円台まで円安に戻している。

為替介入時代のFX 投資その1 約10 年半ぶりの協調介入実施へ。過去の経験則では「介入に逆らうな」

これまで実施された5回の協調介入のうち、実に4回はトレンドの転換に成功している。介入が実施されたら、流れに逆らおうとせず、新しい流れに乗るのが必勝セオリーだ。

過去の協調介入は5戦4勝の勝率8割。果たして今回は?

1985年のプラザ合意でG5(当時)によるドル売り協調介入が実施されて以来、今回を除いて、主要国はこれまでに5回の協調介入を実施してきた。「その中で、介入に失敗したのMasahiro Yamashita Morio OkayasuTomotaro Tajimaは87年のルーブル合意(ドル安定化合意)だけ。残り4回はすべてトレンドを転換させることに成功しています。1国だけの単独介入に比べて、主要国が束になって実施する協調介入の効果は絶大なのです。特に、米国が介入に加わることはマーケットに強烈なインパクトを与えます」と語るのは、金融情報サービス会社フィスコの為替担当アナリスト・山下政比呂さん。

協調介入には、トレンドが変わるまで何度も介入を繰り返す「押し上げ型」と、1〜2回限りの「防衛型」の2種類がある。今回の協調介入は1回限り(3月30日現在)だが、それでも「今 後のトレンドを円高から円安に転換させる力は十分に発揮されそう」だと山下さんはみる。

理由のひとつは、震災後の日本のファンダメンタルズの悪化。工場の稼働が停滞して輸出が減り、復興のための輸入が増えれば貿易黒字は縮小、一時的に赤字転落する可能性もある。円が売られやすい地合いとなるのだ。

為替介入時代のFX投資
(画像=ネットマネー)

投機筋が今後円買いを仕掛ける確率は低い!

外為ストラテジストとしても評価の高い経済ジャーナリストの田嶋智太郎さんの見方も基本的には同じだ。「仮に震災が起こらなかったとしても、今年は40年近く続いた超長期の円高トレンドが円安トレンドに大転換する年になると予想していました。国家財政が破綻寸前まで追い込まれているのですから、本来なら円は売られて当たり前の通貨なのです」(田嶋さん)。

今まではリーマン・ショックやギリシャ危機など、より大きな悪材料が優先されてドルやユーロが売られたが、「QE2(量的金融緩和第2弾)などの効果で今年中に米国経済が回復軌道に乗れば、欧州経済も息を吹き返し、ドルやユーロへの安心感が高まるでしょう。すると、今まで陰に隠れていた日本の国家財政の危うさがクローズアップされ、長期にわたって円が売られ続ける時代がやって来るのです」(田嶋さん)

田嶋さんの予想通りなら、今年は超長期の円高から、超長期の円安に大転換する歴史的な年になるということだ。FX投資の方針も、抜本的に見直さなければならないかもしれない。

しかし、協調介入で1ドル=85円台まで戻したとはいえ、再び急激な円高に振れて先の76円25 銭を更新する可能性は、本当になくなったのだろうか?

底値がしっかりしているとはいえ、原発問題の深刻化など、一時的なショックによって瞬間的に更新する可能性は残っているというのが両氏の共通した見方だ。ただし、フィスコの山下さんは、「過去の経験から言えば、協調介入の波には逆らわないのが機関投資家のセオリーなので、今後、投機筋が大がかりな円買いを仕掛ける確率は低いでしょう。むしろ介入の波に乗って稼ごうと、円売りに向かうはずです」という。

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長期の外貨買いの仕込み時が到来!レバは低めに

となると、われわれ個人投資家も、基本的にはロング(円売り)を主体とした戦略を検討してみるべきなのかもしれない。

FX会社フォレックス・ドットコムのチーフアナリスト、岡安盛雄さんは、「協調介入によってドル/円の下値がしっかりすれば、より大きな値幅が期待できるポンド/円やユーロ/円など、クロス円を攻めるのにも絶好のチャンスが訪れます。当面は不安定な相場が続くので、トレンドの変化を見極めるのには時間がかかりそうですが、長期の円安基調が確認できたらクロス円買いを検討してみるのも方法でしょう」とアドバイスする。

また、「トレンドの転換期には底値が固くなっているので、直近の安値に近づくと、まとまった買いが入りやすくなります。ドル/円なら3月17日につけた1ドル76円25銭近辺、クロス円も同時期の安値近辺が狙い目です」と岡安さん。

ちなみに年末までのドル/円の予想レンジは、山下さんが1ドル=76円25銭〜95円、田嶋さんが80〜95円、岡安さんは76〜95円だ。 「長期円安へのトレンドの変化が確認できるのは今年後半以降になりそうですが、そろそろ長期の外貨買いポジションを仕込み始めてもいい時期かもしれません。当然レバレッジは低めに。数年持つなら必ず1倍前後にとどめましょう」(田嶋さん)

このほか、「福島の原発事故の影響で各国のエネルギー政策が見直され、資源国通貨が上がりやすくなるかもしれません」(岡安さん)という見方もある。

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為替介入時代のFX 投資その2 レパトリ狙いの円高は過剰反応。介入以外の材料も見て投資判断を。

震災で日本経済が弱体化しても不思議ではないのに、なぜ投機筋は円買いを強めたのか。直近の相場のカラクリ、今後の見通しについて、為替介入現場の経験もある元・日銀マンに聞いた。

為替介入時代のFX投資
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山本雅文さん Masafumi Yamamoto 日銀で10年にわたり、日本と欧州における重要な為替取引および調査に従事。その間、為替介入の現場を経験。その後、日興シティグループ、ロイヤルバンク・オブ・スコットランドのFXストラテジストを経て、現職。

不可解な円高は単なる噂が巻き起こした

震災直後、一時、円安に振れたドル/円は、たちまち急激な円高に反転。その後、円買いの勢いは一気に加速し、6日後に1ドル=76円25銭をあっさりと記録してしまった。

その後の協調介入で85円台まで水準訂正したとはいえ、震災直後、なぜこれほど円買いの勢いが強まったのだろうか。

普通に考えれば、震災は日本の財政や生産活動に大きな打撃をもたらし、リスク回避のための資金逃避などによって円売りを招いても不思議ではない。

円買いを誘ったのは、レパトリという耳慣れない現象への過剰反応だった。 「地震がレパトリをもたらす」と連想した投機筋のシナリオは次のようなものだ。

大地震が発生すると、日本の生損保は巨額の保険金を支払うための資金の手当てが必要となる。日本は対外純債権国であり、保険会社は不足する保険金の原資を補うため、外貨資産を売却して資金を捻出するにちがいない。となれば、大量の外貨が売られ、円が買われる―。

こうした投機筋の思惑によって、震災で弱体化しかねない国の通貨が買われるという不思議な現象が、実際に今回起こった のだ。

しかし、「震災直後の円高は明らかに過剰反応だったと思います。実際に日本の生損保が地震の影響でレパトリを行なう可能性は、それほど大きくないからです」と語るのは、かつて日銀ディーラーとして為替介入の現場を経験したこともある、バークレイズ銀行チーフFXストラテジストの山本雅文さん。 「日本の生損保が巨額の外貨資産を持っているのは事実ですが、国内により多くの円資産を保有しているので、いざとなれば国内資産だけで十分に保険金の支払いが可能だからです」(山本さん)

日銀の調査などによれば、日本の生損保の国内資産(現預金・債券など)の合計は約191兆円。これに対し外貨資産の合計は約46兆円だ。今回の震災の最終的な被害総額はまだ明らかになっていないが、10兆〜20兆円との試算もある。国内資産だけでも保険金払いを十分にカバーできるというわけだ。 「実際、震災直後は日本の投資家(機関投資家など)が外貨証券を買い越しており、大規模なレパトリが発生した痕跡は見られません。あくまで噂やネタのひとつにすぎなかったことがわかります」(山本さん)

外国人の日本株買いも円安を妨げている

今回の協調介入を機に、円高から円安にトレンドが転換すると予想する専門家が多いが、為替介入の現場を経験したことのある山本さんは、「介入はあくまで相場の急変動を抑えるためのもの。トレンドを変える力まではありません」と語る。

過去の協調介入が勝率8割で成功したのも、介入の力だけではなく、さまざまな別要因が複合的に影響を与えたのだという。

そのため、今回の協調介入後の為替相場の行方についても、「円安に転じるのか円高が続くのかは、世界経済や資金の流れの変化を総合的に判断しながら見極めていく必要があります」と山本さんはアドバイスする。

震災直後の円高は、レパトリへの期待だけでなく、それ以前から問題となっていた中東情勢の悪化、インフレによる中国の景気減速などが世界経済に悪影響を及ぼすとの懸念から、リスク回避のための円買いが進んでいたことも背景にある。 「レパトリ期待の円買いはほとんど消滅しましたが、リスク回避の円買いはまだ続いています。世界経済には明るい兆しも見え始めており、米国がQE2を終了させて金利が上昇に転じるようであれば、緩やかな円安に向かう可能性はそれなりに高いでしょう。しかし、米国の景気がなかなか回復せず、金融緩和が継続されたり、中東情勢がますます悪化して原油高が世界経済に大きなダメージを及ぼしたりする可能性も残されています。そうした変化を丹念に探りながら、相場観に軌道修正を加えていくべきでしょう」(山本さん)

また、外国人投資家の間では、震災後の復興に対する期待や、ほかの国の株価に比べて割安とみなされていることから、日本株買いが活発化している。「そうした外国からの資金流入も、円安を妨げた面がありました」と山本さん。

財政問題を克服してユーロは安定へ。豪ドルには懸念も

ただ、世界経済が後退するよりも回復に向かう可能性のほうが高いとの前提から、山本さんは1年後の為替水準がドル/円は1ドル=85円、ユーロ/円は1ユーロ=123円と、いずれも円安地合いを予想している。

ユーロをめぐっては、財政問題への懸念が強まっていたポルトガルがEU(欧州連合)への支援要請を行なったが、既に織り込み済みであったほか、EUは既存のEFSE(欧州金融安定基金)で対応可能であり、ユーロ売り材料とはなりにくい。しかも欧州はいち早く利上げに動いており、急激な原油高でドル資産が膨らんだ中東オイルマネーが一部のドルをユーロに替える動きも活発化するなど、ユーロが下がりにくい地合いが形成されつつあります」(山本さん)

ただ、豪ドル/円については、楽観的ではない。「利上げがすでにかなり織り込まれているうえに、豪州の輸出を支える中国経済に減速懸念が漂っているからです」(山本さん)。年内の豪ドル/円のレンジは1豪ドル=76〜92円とみている。

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スワップポイントが逆転!?震災でマーケットは大混乱

震災の混乱は、スワップポイントにも大きな影響を与えた。通常なら一部の通貨ペアを除いて、外貨の買い建てなら受け取り、売り建てで支払うはずのスワップポイントが、買い建てで支払い、売り建てで受け取ることになるという逆転現象が起きたのだ。

あるFX会社の場合、震災前までのドル/円のスワップポイントは、買いなら1日当たり1円の受け取り、売りなら2円の支払いだった。ところが、相場が急激な円高に動いた3月16日には、買いで1日当たり27円の支払い、売りで26円の受け取りに逆転した。ほかのFX会社でも、ほぼ同じような変化が表れた。

原因はいろいろ考えられるが、震災や原発事故の影響で日本の金融機関が資金の抱え込みを行な い、円の短期金利が一時的に大きく跳ね上がったことが最大の原因とみられている。そのため、もともと円との金利差が小さいドル/円、ユーロ/円などで短期金利のサヤが逆転してしまったのだ。

3月末現在、スワップポイントは正常に戻りつつあるが、大震災などの異常時には、スワップポイ ントの変化にも注意を払う必要がありそうだ。