「パブリックカンパニー」である東京電力の処理の混乱状況を見るにつけ、この国は根本的には法治国でもまともな資本主義国でもなかったのではないかというように感じてしまう…。

イメージ撮影●村越将浩 人物撮影●永井 浩

連載第9回 資本主義の危機に備えて「経済脳」を磨きなさい!パブリックカンパニーとは 何かについて考えたい!
(画像=ネットマネー)
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「公開企業」に対して政府があれこれ言う権利はまったくない。

電力会社を取り巻く昨今の混乱状況を見ていると、「公開企業とは何か」という議論をもう一度やる必要があるように思います。

ある会社が債務超過になるから、政府が同業の公開企業何社かに資金負担を要請するとか、首相が行政指導で当該企業に甚大な影響を与える要請を唐突にするとか、株主の権利はいったいどうなるのでしょうか?

投資家の権利という観点から言えば、電力会社9社が共同出資し、「原子力賠償補償機構」と呼ぶべき東京電力(以下、東電)へ資金を供給する枠組みを創設するということが5月13日に発表されましたが、私はこの事態を大変憂慮しています。

ご存じの通り、電力会社はすべて「パブリックカンパニー」、公開企業です。公開企業に対して政府が「あれをしなさい」「これをしなさい」と言う権利はまったくないわけで、いかに公益性の強い事業を運営していたとしても公開企業は株主のものであるということを忘れてはなりません。

前述の支援枠組みの決定もあって、電力各社の株価は大幅に下落し、特に首相要請を受けて稼働中の原発を停止した中部電力の株価は5月13日までの1週間で16%も下落したわけですが、いったい政府は中部電力をはじめとした電力各社の株主に対してどう責任をとるつもりなのでしょうか。

その一方で投資家の責任という観点から述べますと、東電のように独占的利潤を上げていた企業の株主に長期間なっていれば、非常に高額な配当を継続的に受けることができていたわけで、今回のような問題を起こして破綻したのであれば、株主も当然その責任を負わねばなりません。

それについては債券保有者も同じであって、公開企業の倒産という状況の中でその責任を負うというのは当たり前ではないかと私は考えています。

しかしながら、〝too big to fail〞(大きすぎてつぶせない)との主張の前に、最初に毀損されるべき株主も守られるスキームが決定された一方で、枝野官房長官は資本主義の原則から逸脱する形で東電に融資している金融機関に対して債権放棄を要請するといった具合でまさに支離滅裂な状況です。債権は株式よりも優先されるのが基本的ルールであり、債権放棄をするならば株式は当然減資されるべきです。

企業を国税で救い続けることが、長い目で見て本当に国益にかなうのか?

たとえば、昨年一月に決着した日本航空(以下、JAL)の問題については、JALと全日空の2社でこれからのグローバルな競争の中で生き残ることができるとは思えないことから、私はJALをつぶすべきだと考えていました。結局はそのような形をとらずにJALを生き残らせたわけですが、会社更生法で処理されたので、株式は100%減資され、長期債務と社債は87・5%カットされ、企業再生支援機構が3500億円の国費を投入するということになりました。

他方、今回の「東電賠償スキーム」に関しては、これまで述べたような資本主義の原則に沿った投資家責任というものからはかけ離れたものであり、また東電元社員の年金受給者に対しても何ら減額等の負担を負わせないというおかしなものであり、非常に由々しき事態であると私は思っています。「大きすぎるからつぶせない」とか「公益性が強いからつぶせない」といった理由で、そうした企業を国税により救済し続けることが長い目で見て本当に国益にかなうのでしょうか。私は、資本主義社会においては基本的に破綻企業の規模の大小にかかわらずつぶすべきであると考えています。

資本主義のよいところは新陳代謝が常に起き、駄目なものは去り、新しいものが生まれるということではないかと思うのです。

私に言わせれば、損害賠償に際して争点となる東電の過失というのは当然問われるべきで、仮に過失ということであれば損害賠償責任はまず東電が負わなければなりませんし、当然ながら民間企業として破綻するというところまで、基本的にはあらゆる事柄に対する補償を行なわなければなりません。

そして、一度破綻したならば東電のようなところは一時国営企業にし、発電と送電を分離して、次世代の送電システムの構築を担う新たなる企業に再生していくというのが、あるべき資本主義の姿ではないかと思います。発電・送電分離は基本的に東電を破綻処理しなければできないことなのに、そうはしないで、〝こうした議論をすべきだ〞という議論が政府内で出てきているのもまったく理解できません。

また、東電が国の管理企業のようになるなら、東証は東電を上場廃止にすべきでしょう。株式市場の公正という観点から考えても、上場維持は難しいでしょう。

以上、「パブリックカンパニーとは何か?」という観点から東電処理の混乱状況を見るにつけ、やはりこの国は根本的には法治国でも、まともな資本主義国でもなかったのではないかというように感じています。

現在起こっていることは、法治国では考えられないような首相要請が次々とパブリックカンパニーになされ、そしてまた資本主義国では理解不能な株主負担なき銀行負担が問われているという状況なのです。

読者の皆さんには、日本という国の今後を左右するうえで「今、非常に重要なポイントにきている」ということを、しっかりと認識していただきたいと私は強く思っています。

連載第9回 資本主義の危機に備えて「経済脳」を磨きなさい!パブリックカンパニーとは 何かについて考えたい!
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北尾吉孝 P R O F I L E  O F  Y O S H I T A K A  K I T A O

きたお・よしたか●1951年、兵庫県生まれ。74年、慶應義塾大学経済学部卒業後、野村證券入社。78年、英国ケンブリッジ大学経済学部卒業。野村證券で事業法人三部長等を経たのち、95 年にソフトバンク入社、常務取締役。99年、ソフトバンク・ファイナンス社長。現在、インターネット総合金融グループを形成するSBIホールディングスの代表取締役執行役員CEO。『何のために働くのか』(致知出版社)など著書多数。「SBIマネーワールド」にてブログを執筆中。