いま再び問われる東電処理のあるべき姿

昨今、「発送電分離」の議論が再び熱心に議論されるようになっているが、東電のケースでの発送電分離というのは、まず東電を破綻処理しなければできないのだということを忘れてはならない。

イメージ撮影●村越将浩 人物撮影●永井 浩

 昨年12月26日に東京電力(以下、東電)福島第1原子力発電所事故調査・検証委員会により示された中間報告書を読むと、今回の事故はやはり天災というよりは人災であると言いうることがわかってきました。12月27日の『ウォール・ストリート・ジャーナル日本版』の「当局と東電の深刻な対策不備を指摘―福島第1原発の事故調が中間報告」という記事にもあるように「同報告書は(中略)東電が先に発表した事故直後の対応で運営上の重大な過失はなかったとした自己調査の結果と真っ向から対立する」ものとなっており、非常に基本的なミステイクがあったということが指摘されています。

 たとえば、福島第1原発の吉田所長(当時)がどういう初期動作をとるべきか、あるいはいかに停止すればよいのかといったことをまったくわかっていなかったというのはありえないことであって、仮にも原子力発電所を運営している者であるならば、まさかの時に備え、さまざまな訓練を実施しておくのが当然の責務といえましょう。

 まさかの時に備えた日頃の訓練がまったくなされていなかったというわけですが、さらにひどいのは、今回のような事故が起こることはないといった前提で全員分の防護服すら置いていなかったわけで、火山列島かつ地震大国の日本では信じ難い状況というものがそこにはあったのです。

 事故直後、菅首相(当時)、並びに枝野官房長官(同)は口を開けば"想定外"と言っていましたが、いったいいかなることを想定外と言うのでしょうか。想定外の高い津波によって原発の電源喪失の事態が発生したわけですが、本当にそれは想定外の事態なのでしょうか。今回の津波というのは1896年の明治三陸地震津波とほぼ同規模であったというようにみられており、地震のエネルギーの蓄積というのは大体80年から100年くらいの間に出てくる可能性があることを考えれば、115年前の事態とほとんど同じであることを想定外などと言う根拠はどこにあるのかというわけです。

 ことごとくが、そうしたずさんな状況であったということや、菅直人氏の対応がいかにお粗末なものであったかについては、これから次々と明らかになっていくと思われます。そして、仮に関係者が日々訓練を怠らずあらゆる面でしっかりとした備えをしていたなら、あれほどの大惨事には至らなかったということが認識されるに違いありません。これらを考慮するなら、やはり今回の大惨事は天災というよりも人災であったと言わざるをえず、前出の中間報告書にもある「『想定外』の事柄」ということでは済まされないわけです。

 そうなりますと、「原子力損害の賠償に関する法律」で争点となる東電の過失というのは当然問われることになり、法的な文脈で言うと国家補償は本来適用できないことになるわけです。すなわち、天災とは言いえない状況において東電の過失が問われるなら、当然のことながら損害賠償責任はまず東電が負わなければなりませんし、民間企業として破綻するというところまで基本的にはあらゆる事柄に対する補償を行なわねばならないのです。

 つまり、東電処理の仕方は当初から誤っていたわけで、法的処理すべきケースであったと思われますから、まずはいわゆる私企業としての東電に対して法的処理を行ない、そして一時的に国営企業にするのがまっとうなやり方であったということです。それにもかかわらず、今回のように東電の上場維持が図られ、債権者負担も厳しく問わずして、公的資金の注入および電力料金の値上げという国民負担により片をつけるといった中途半端な処理の仕方を選択するわけですから、本連載の第9回でも述べたように、「資本主義国では理解不能とも言いうる破綻処理の原則や制度等をまったく無視した国のやり方」には私は賛同しかねるのです。

 今からでも遅くはありませんから、中間報告書が提出された現在というタイミングで菅内閣時における破綻処理のやり方をもう一度すべて改め、東電を一時、完全に国有化すべきではないかと考えています。また、仮に東電が国の管理企業のようになるのであれば、株式市場の公正という観点から考えても上場維持は難しいことですから、東京証券取引所が東電を上場廃止にすべきことは言うまでもありません。

 昨今、その完全国有化を実施する前に「発送電分離」の議論がまた熱心になされてきています。もちろん、ある段階においてそれも実現せねばならないと考えてはいますが、発送電分離というのは基本的に東電を破綻処理しなければできないことですから、まず先になさねばならないのは東電の完全国有化なのです。

 結局、税金投入と料金値上げによって国民に大きな負担を求める形で事を済まそうなどというのはとんでもない話です。こうした政府によるある意味での不正を目の当たりにし、「国民を馬鹿にするのもいい加減にしてほしい!」と私は強い憤りを覚えているところです。

201204_資本主義の未来を見据えて経済脳を磨きなさい! 北尾吉考
(画像=ネットマネー)

北尾吉孝 きたお・よしたか●1951年、兵庫県生まれ。 74年、慶應義塾大学経済学部卒業後、野村證券入社。78年、英国ケンブリッジ大学経済学部卒業。野村證券で事業法人三部長等を経たのち、95年にソフトバンク入社、常務取締役。99年、ソフトバンク・ファイナンス社長。 現在、インターネット総合金融グループを形成するSBIホールディングスの代表取締役執行役員社長。 『何のために働くのか』(致知出版社)など著書多数。 「Face book」にてブログを執筆中。