懸念される日本の貿易赤字と迫り来る米国の「財政の崖」

日本が「貿易赤字過去最大」を記録するような経済実態の下で消費税増税に踏み切ることは時期尚早と指摘し続けてきたが、米国もきわめて難しい経済運営の舵取りを強いられている。

イメージ撮影●村越将浩 人物撮影●永井 浩

 10月の貿易収支は5490億円の赤字となり、10月の赤字額としては過去最大となりました。ここに来て急速に貿易収支が悪化してきている主因のひとつは、日中領土問題に端を発した非常に険悪な両国の現況ということであろうと思われます。日中関係の冷え込みによる輸出への影響は10月以降、本格的に出てきているとみられる中、よほどの円安にならなければ貿易赤字は今後増大していくことになるでしょう。

 本連載で幾度となく指摘している通り、私は世界全体の景気動向や為替動向、そしてまた復興需要が日本経済の実需にいかなる影響を及ぼし需給ギャップの解消につながりうるか否かという部分について、もう少し時間をかけながらよく見て消費税増税に対する判断を下すべきではないかと、一貫して消費税増税に関しては時期尚早と指摘し続けてきましたが、日本は日中領土問題および欧州債務危機に派生する経済低迷という中で「貿易赤字過去最大」を記録し、そうした経済実態の下で消費税増税を実施していくということにもなりかねず、景気の悪循環プロセスに陥るのではないかと懸念しています。

 他方、これから増えていくであろう貿易赤字をオフセットするに十分な所得収支が確保できるか否かというところも私は非常に危惧していますが、仮に所得収支も十分に上がらず経常収支赤字転落という状況になった場合には、日本国債の格付けがさらに引き下げられて金利が上昇に転じ、国債価格の暴落ということも起こりうると思っています。国債残高の65・5%を保有する日本の金融機関、とりわけ運用対象がなく国債漬けとなっている地方金融機関等が壊滅的打撃を受けることにもなりかねず、場合によっては日本金融のシステミックリスクにつながっていくという事態も生じうると考えています。

 そして今、私のもうひとつの懸念事項として、FRB(連邦準備制度理事会)のバーナンキ議長が名づけ親とされる、いわゆる米国の「財政の崖」(=2012年末での減税の失効と自動的な歳出削減による急激な財政緊縮)があります。

 財政の崖のネガティブインパクトについてはさまざまな見通しが示されており、たとえば10月29日のロイターの記事「焦点:『財政の崖』の米景気押し下げ効果、想定以上との警告も」によりますと、FRB、CBO(米国議会予算局)、および多くの市場関係者は「赤字削減のため支出が1ドル削減されれば、GDP(国内総生産)も1ドル減るという」見方に基づき「米国経済に及ぼすマイナス効果は約6000億ドルで(中略)、2013年のGDPを0・5%押し下げると推定」し、他方で学界やIMF(国際通貨基金)の一部エコノミストは「現在のように金利が非常に低い水準にある場合、財政引き締めは通常よりも重大な影響を景気に与えるという見方」に基づき「1ドルの支出削減は最大で1・70ドルの景気収縮効果をもたらす可能性があるとして、『崖から転落』すれば米国経済は想定されている以上に深刻なリセッション(景気後退)に陥るリスクがあると警告している」ようです。

 私も「非常に無秩序な財政収縮」によってこれまで米国経済を支えていたものがある時からなくなってしまうとなった場合、今のタイミングにおいては非常にまずいことだと感じており、再び世界恐慌を意識せねばならないような状況に陥るリスクもあるかもしれないと最悪の事態も想定しながら経営の舵取りをしています。

 過去10年間で年平均10・7%の成長率を遂げた中国もリーマン・ショック時には世界経済の牽引役として何とかその役目を果たしえたわけですが、ここに来てさすがの中国であっても、いわゆる「デカップリング」(=米国経済が停滞する中でも新興国は高成長を維持すること)は難しいという状況に陥っていますから、今後米国はきわめて難しい経済運営の舵取りを強いられることになるであろうと思います。

 11月6日に行なわれた米国大統領選挙の結果オバマ大統領が再選を果たしましたが、オバマ優勢の声は同選挙を通して比較的多かったことから、この結果は基本的にはある程度予期しえたことです。

 私としては「財政の崖」が迫る中、議会の「ねじれ」のためにひょっとしたら大変なネガティブインパクトが生じてくるかもしれず、いわゆる「ブッシュ減税」をはじめとするものを廃止にするにはまだ早すぎるという気持ちもあって、世界経済のために、またわれわれの金融業界のためにはロムニー氏に勝ってもらったほうがよいと考えていました。

 そして、下院を握る共和党のロムニー氏であれば「財政の崖」問題もうまく解決してくれるのではないかという期待感を持っていた部分もあったのですが、いずれにしても「財政の崖」問題に対してはG20財務相・中央銀行総裁会議でも各国が懸念を表明しているわけで、この世界的要請については米国の議会がねじれた中であっても何とか一応の妥協点を見いだしていくのではないかと思われます。

201302_資本主義の未来を見据えて経済脳を磨きなさい! 北尾吉考
(画像=ネットマネー)

北尾吉孝 きたお・よしたか●1951年、兵庫県生まれ。 74年、慶應義塾大学経済学部卒業後、野村證券入社。78年、英国ケンブリッジ大学経済学部卒業。野村證券で事業法人三部長等を経たのち、95年にソフトバンク入社、常務取締役。99年、ソフトバンク・ファイナンス社長。 現在、インターネット総合金融グループを形成するSBIホールディングスの代表取締役執行役員社長。 『何のために働くのか』(致知出版社)など著書多数。 「face book」にてブログを執筆中。

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