ネットマネー 2017年2月号より一部を特別公開!

「投信の大変革がこれから始まる」

「90年代末に供給者論理の投信販売に疑義があって撤退して以来、投信は取り扱ってこなかったが、最近になって運用会社がインデックス型の投信を中心に信託報酬を引き下げる動きが相次いでおり、個人が低コストで資産運用を行なえる環境が整いつつある」と松井氏。「加えて、金融庁が顧客本位の業務運営を求める姿勢を強めていることなどの変化を踏まえ、投資信託の取扱開始とポートフォリオ提案サービス『投信工房』の導入を決定した」のだという。
取材・文●大西洋平 撮影●笹井タカマサ

投信販売をやめた背景…異を唱えたために村八分

日本の投資信託残高は、個人金融資産1700兆円の内わずか100兆円弱、米国の10分の1にすぎない。その理由は至極単純で、日本の投信はお客さまのためではなく、販売会社のためだからだ。運用会社も独立系はごくわずかで、大半は販売会社の系列になっている。要するに「製販分離」ではない販社主体の特異な構造で、そんな商品が消費者に優しいはずがない。

投信をこれでもかと設定し、お客さまに次から次へと乗り換えさせて販売手数料を稼ぐ、いわゆる〝回転売買〞スタイルが長くとられてきたうえに、その手数料率がとてつもなく高い。販売会社にとってこれほど旨みのあるビジネスはない。過重なコスト負担でハイリスク・ローリターンのこうしたカラクリに気づき、カモにされたくないから近づきたくないというお客さまが少なくないからこそ、日本の投信残高がなかなか増えないのだ。

実は今から20年前に、私は大変苦々しい経験を味わっている。当時は投信も普通に取り扱っていたが、日本の投信販売の在り方に私はずっと疑念を抱いていた。そこで、当時の投信協会規則に「販売手数料の勝手値下げは禁止」というのがあったので、「独占禁止法違反ではないか?」と問題提議した。直ぐに規則が改正されたのを受けて、300本ほど取り扱っていた投信の販売手数料を約3分の1の一律1%に値下げして、「ワンパー投信」と銘打ち販売すると宣言した。すると、「そんなことをされたら他の販売会社が困り、販売シンジケートが組めなくなる」との理由で、ほとんどの運用会社から販売契約を一方的に解除されたのだ。苦労して集めた投信口座を他の証券会社に移管すべく、お客さまに頭を下げて回った。この村八分の仕打ちに、はらわたが煮えくり返る思いだったが、株式委託手数料自由化を目前に控えていたので、戦場を2つ創っても勝算なしと考え、提訴をあえて控えることにした。

以来、松井証券では投信を一切販売してこなかった。対面・ネットを問わず、リテール(個人投資家相手)証券会社の中で、おそらく唯一の存在だろう。「こんなに儲かる投信販売をなぜしないのか?」と同業やマスコミ、アナリストや株主から質問され続けたが、私の答えは一貫していた。「お客さまが認めていないコストで成り立っている『虚業』で儲けるつもりは毛頭ない」。

フィンテックなどの技術が急速に進化している。ネットを使った投信の購入は常識となる

「製販分離」時代到来。フィンテックの台頭も追い風!

頑なに投信は取り扱わず、「いつか借りを返したい」と思いながら20年近い歳月が経ってしまったが、ようやく投信を取り巻く環境に変化が現れ始めた。金融庁が、投信にかかるコストに関しても情報開示を徹底し、顧客本位の業務運営を行なうことを販売会社に求めるようになったのだ。これを、日本の投信にも「製販分離」の時代が訪れようとしていると私は解釈し、お客さまに認めてもらえるコストで成り立つ「実業」によって、20年前の借りを返そうと考えた。「虚業」で儲けた実績がないので失うものは何もない。

もっとも、お客さまが認めるコストとは、単に「製販分離」が進むだけで実現できるものではない。昨今の目覚ましい技術進歩も、私の決意を強く後押ししている。インターネットが急速に普及したからこそ、この10年でネット株取引が個人取引の80%以上を占めるようになり、株式委託手数料の劇的低下につながった。自由化という規制緩和だけで成し得たものではない。投信販売の場合も、当社のように営業活動を行なわなければ大幅なコストダウンが可能であるものの、株式と異なり、投信は商品選別においてアドバイスを求めるお客さまが多いことがネックとなっていた。私が投信再参入をためらった最大の要因である。

ところが、最近の爆発的なフィンテックの進化がこの構造に変化をもたらした。金融はITとの親和性が非常に高く、投信業界にも変化の波は押し寄せている。事実、すでに米国ではロボアドバイザーによる投信選びが急速に普及している。ITを活用することによって、株式のケースと同様に、投信でも対面からネットへの流れが加速すると考える。ちなみに、対面証券が株式委託手数料の値下げを拒んだ理由がアドバイスの有無であったが、そのアドバイスとは営業員がインターネットで取得した情報をお客さまに伝える程度の行為であり、「余計な金を払ってまで受けるサービスではない」とお客様が受けとめたからこそ、対面取引はネットに淘汰されたのである。投信でも「情報提供」と「アドバイス」は融合しつつある。それ以外の注文執行業務では、その利便性は対面とネットで話にならない大きな差があるからネットが選択されるのは必然だ。こうした事実を見逃してはならないと思う。

結局のところ、巷で取り沙汰されているフィンテックとは、従来の「供給者論理」から「消費者論理」へと変えるためのツールだ。投信選びには分析が不可欠であるが、ロボットより人間のほうが、分析力が優れているというのは幻想である。また、ロボットには感情がないので、恣意的な判断が入ることなく、昼も夜もなく忠実にお客さまの指示を遂行できる。他人のお金を心の底から思いやる営業員に出合うことも幻想である。ロボットを執事のように使うことこそ、これからの資産運用手法の主流となってくるだろう。

この先、資産運用は今まで以上にグローバルな視野で取り組むべきものとなっていく。投信についても、特定の金融グループ内だけで用意されたメニューでは本当に満足できる選択とはならないはずだ。もっとオープンでグローバルなネットワークの中から自分に最適な投信を探し出すべきもので、それを導くのが、「製販分離」構造と技術進歩を前提としたロボアドバイザーによる新時代の投信選択だと言えよう。

お客さまが認めるコストで成り立つ業が「実業」

圧倒的なコスト差。松井の受け取りは、ファンドラップの10分の1

こうした投信の大変革が始まろうとしている中、主要な販売会社はファンドラップの取り扱いに注力している。その名の通り、さまざまな投信を組み合わせ、ひとまとめにラッピングして販売・運用するという商売だが、資産残高の1・5%前後のラップ口座管理料を新たに徴収できることから、販売手数料に代わる収益源として着目したのだろう。

しかも、投信の保有期間中は、従来からある信託報酬も徴収する。これらすべてが、お客さまにとってのコストとなる。金融庁の調べでは、こうしたコストは主要なファンドラップで平均2・2%に達するといい、お客さまが受け取る運用益はその分目減りしてしまう。そこで、松井証券では「投信工房」というポートフォリオ提案サービスを提供することにした。これはファンドラップとは全く違う。

最大の違いは、ラップ口座管理料を徴収する必要がない点である。株式委託手数料を引き下げた際と同じく、〝中抜き〞によってそれを実現した。株式の場合、①売買執行業務、②情報提供業務、③アドバイス業務が手数料の構成要素だったが、自由化にあたり、③を提供しないことで手数料を大幅に引き下げた。前述したように、②と③がネットによって融合した結果、対面取引は実質的にネット取引に淘汰された。投信でも、同じ現象が起きると思っている。

「投信工房」では、お客さまが当社に運用を一任するのではない。お客さま自身がロボアドバイザーの分析を参考にして運用配分を決めるので、当社はアドバイス料を頂戴しない。積立運用は500円、一括運用は1万円から可能で、昼夜を問わず、また少額であろうが、対応できる。もちろん、投信の運用実績や、お客さまが負担するコストも、わかりやすく詳細に情報開示している。ポートフォリオ運用で重要なリバランスも、また、大きな相場変動を回避するための〝一度にどっと購入するよりも、小刻みに少しずつ購入する〞ドルコスト平均法の分散投資も、営業員の顔色をうかがわずに可能だ。当然、積立投資などもお客さまの事情に合わせて自由に設定できる。

先にも述べたように、収益を目減りさせるのは運用コストだ。一般的なファンドラップが2・2%であるのに対し、当社の「投信工房」は低コストの投信を集め、信託報酬のみいただくので0・4%弱となる。通常、信託報酬は運用会社と販売会社が折半するため、当社の受け取りは0・2%弱にとどまる。対面営業の証券会社が受け取る料率の10分の1に近い水準だ。〝営業員〞を否定したことで生じる販売費用の差で、これでも十分に採算は合う。

まずはパッシブ運用の投信100本程度を取り扱い、国際分散投資のプラットフォームを提供するが、今後はアクティブ運用の投信も随時追加していく予定である。一般的な物品と違って金融商品は購入時に価値は未定だが、負担するコストだけは購入時にわかる。〝営業員〞を否定した新しい投信販売の仕組みである「投信工房」がお客さまの資産運用の一助となれば幸いだ。