ネットマネー 2017年4月号より一部を特別公開!

トランプ大統領が掲げる保護主義は、短期的には米国内に雇用を生むが、企業を非効率化させるので長期的にはマイナスである。
輸入課税といった強硬策だけでは、米国の競争力は落ちてしまう...。
筆者は、第2次大戦前に欧州を覆っていた全体主義の仕組みを解析した、ある書籍を思い出した。

昨年11月、共和党から米国大統領選挙に出馬していた
ドナルド・トランプ氏の選挙集会を取材すべく、
米国東部のペンシルベニア州の地方都市を訪れた。

紅葉の美しいアパラチア山脈地域に位置する炭鉱と鉄鋼の町である。

 第2次大戦後、合成繊維やテレビの組み立てで町おこしを狙ったが、海外勢に敗退。直近では年金債務に苦しむ市の財政が悪化し、破綻申請を検討している。産業構造の転換や国際化の波に乗れなかったこの地方都市は、米国経済の「負け組」である。

選挙集会に参加した地元民は、「経済の回復」をトランプ支持の理由に掲げていた。「オバマケア(医療保険制度改革法)を撤廃したり、保護主義で国内企業が減ってしまったら、逆に中間層が損するのでは?」と質問したが、耳を貸してくれなかった。

その後、トランプ氏が大統領に当選。今年1月の大統領就任と同時に決めたのが、TPP(環太平洋経済連携協定)からの脱退である。だが、製造業の業界再編や生産性向上といった構造改革には触れていない。

保護主義は、短期的には国内に雇用を生むが、企業を非効率化させるので長期的にはマイナスである。輸入課税といった強硬策だけでは、米国の競争力は落ちてしまう。

『「経済人」の終わり』そのものだな―。筆者は戦前のある書物を思い出した。

20世紀に活躍した経営学者、ピーター・ドラッカー氏が1939年に記した本である。同書は当時の欧州を覆っていた全体主義の仕組みを解析している。

同書によると、産業革命や自由貿易を通じて、資本主義は経済全体のパイを広げることで、利潤の再配分を約束したが、「経済的発展は平等をもたらさなかった」。世界恐慌で格差は決定的になり、ドイツ、イタリアでは「積極的な信条を持たず、もっぱら他の信条を攻撃し、排斥し、否定する」全体主義が台頭した。絶望した大衆は「不可能を可能にする魔術師」にすがった。資本主義が思想の基盤としていた「経済的満足を重視する『経済人』と人間を定義する」前提条件が崩れたのである。

世界中のエリートが集まるダボス会議では1月、世界で席巻するポピュリズム(大衆迎合主義)がテーマになったそうだ。対応する格好で、「インクルーシブ・グロース(包摂的な成長)」なる報告書を発表した。資本家から労働者までを包摂した経済全体のパイを広げる発想である。

だが、社会福祉主義による一層の財政支出が迫られている先進国にとって、雇用、インフラ、腐敗防止といった処方箋はタダではない。格差是正のコストは誰が支払うのか?低成長の経済においては、価格調整といった経済均衡よりも、「再配分」こそが手っ取り早い格差是正なのだが、ダボス会議では「エリートが身銭を切る」ような行動計画は聞かれなかった。

インクルーシブ・グロースは、19世紀にブルジョアが労働階級に約束した中身と同じだ。現代と1930年代はますます似てきた。