ネットマネー 2017年5月号より一部を特別公開!

トランプ米国大統領は、円安誘導で日本の自動車メーカーが荒稼ぎしていると批判した。これに困ったのが日銀だろう。追加金融緩和のハードルが上がったばかりではなく、年央には金利誘導目標の引き上げ、つまり事実上の金融引き締めに動く可能性がある。

日銀はマーケットの反乱をいったん鎮圧

「つまらない質問をしないでください」、取材相手がこう言った場合、「質問自体がズレている」「答えられるわけがない」のいずれかだが、最後までどちらかわからないこともある。日銀関係者にトランプ政策の影響を尋ねたところ、冒頭の答えが返ってきた。日銀は政府から独立して金融政策を遂行することが日銀法に明記してあることを考えれば、筆者の質問は確かに的外れだ。しかし一方、何らかの深刻な影響があって口外できない場合でも、“つまらない質問" として退けられる。

トランプ氏がツイッターに「日本は何年にもわたって通貨安誘導をしてきた」と書き込んだのが今年1月。日米の自動車貿易に〝障壁〞があると批判したのだ。自動車業界が慌てたのは当然として、騒ぎは日本の金融市場にも飛び火し、長期金利の上昇を招いた。

日銀は昨年9月21日、同年1月に導入したマイナス金利政策の補完策として、長期金利の指標となる10年物国債の利回りを0%に誘導することを決めた。金利の低い通貨は売られやすいので、マイナス金利は円相場を下落させる効果がある。そこで金融市場では、日銀がトランプ氏の円安批判に屈して金利上昇を容認するとの見方が広がった。取 引参加者の間で10年物国債の利回りは0.1%が上限とみられていたが、金利は0.1%を超える場面も。結果的に日銀は国債買いオペ(公開市場操作)を発動し、長期金利を0%付近まで戻した。売り物は全部受けて立つほどの勢いで国債を買い、マーケットの “反乱" を鎮圧したのだった。

だが、トランプ氏の円安批判に日銀が動じなかったわけではない。黒田東彦総裁は衆議院予算委員会で、マイナス金利について「物価安定のために行なっている」と、円安誘導説を否定。次期総裁候補と目される日銀生え抜きの中曽宏副総裁も2月9日の記者会見で「為替相場を目的としたものではない」と火消しに回るとともに、「為替はG7 (主要7カ国)やG20(20カ国・地域)首脳会議で議論すべきだ」と、トランプ氏の “口先介入" に不快感を示した。

さすがにトランプ氏に名指しで批判された直後に金利の誘導目標からの逸脱を許すわけにはいかない。ただ、政府関係者は「日銀がマイナス金利幅拡大の追加金融緩和を繰り出しにくくなった」と指摘する。米国からクレームがついた状態でさらにマイナス金利幅を広げて円相場が下落すればトラブルは避けられない。

日銀OBは「日銀が米国政府に服従することはないが、日本政府に米国には弱いと言われれば反論できない」と漏らす。日銀が円安を招けばトランプ氏が日本政府に不満をぶつけ、官邸から日銀に圧力がかかるというロジックだ。 しかも日銀には “弱み" がある。国内景気が中途半端に持ち直しているのだ。2016年10〜12月期のGDP(国 内総生産)は4四半期連続でプラス成長を達成。1月31日の金融政策決定会合でまとめた「経済・物価情勢の展望」では2016〜2018年度のGDP成長率の見通しを上方修正した。消費者物価は2%には届かないが、プラス基調の定着を予想している。

実体経済の緩やかな回復基調が確認される中、緊急避難策としてスタートしたマイナス金利政策を続けるには、物価上昇率2%の未達成以外の理論武装が必要になりそうだ。物価上昇率目標の未達成などを的中させてきたバークレイズ証券などの外資系金融機関は、すでに先を見通して顧客向けレポートで「日銀は年央に利上げに踏み切るだろう」と予想している。「トランプ氏の日本への不満は簡単に解消しない」、政府関係者はこう言って古い英字紙のコピーを指し示した。その英字紙を見ると、トランプ氏が1987年9月に私費で意見広告を出し、「日本は防衛費を払わないことで、強い経済をつくった」「(日本に)防衛費を払わせ、米国の赤字を解消する時だ」と主張しているのだ。昨年6月の大統領選挙出馬会見でも「東京には(米国GM〈ゼネラルモーターズ〉の主力車である)シボレーがない」とぶち上げた。場当たり的な発言が多いイメージのトランプ氏だが、対日強硬路線に関してはまったくブレないどころか数十年来のライフワークであるかのようだ。

では、トランプ氏は永遠に対日強硬発言を続けられるのだろうか。答えはノーだが、日本政府に秘策があるわけではない。先の政府関係者が続ける。「2020年11月には、米国は再び大統領選挙を迎える。仮にトランプ氏が続投するなら、任期満了時は78歳。過剰なまでに力強さを前面に押し出してきたトランプ氏だけに、再出馬しない可能性が高い。選挙に出たとしても、マッチョ志向の強い米国人は高齢大統領を望むだろうか」。

乱暴にまとめれば “時間切れ" 作戦である。日産自動車のカルロス・ゴーン社長がトランプ氏の国境税構想を踏まえても「メキシコの事業計画に変更はない」と発言したのは、この考え方と軌を一にしたものとみられる。トランプ氏の言いなりになって生産拠点をメキシコから米国に移したところで、人件費の高い米国で新工場が稼働するころにはトランプ氏は引退している可能性が高い。金融政策も同じで、小幅の政策変更を実施しておけば時間を稼げる。「日本の立場を説明する」と、トランプ氏が対日強硬発言をするたびに、政官財の各方面から、この言葉が聞かれる。意図するところは何度も何度も説明して時間が過ぎるのを待つ、作戦ではないか。