経済は物理学のように検証・実証可能な「科学」か?

経済は生き物であり、「ある問題に対してそう簡単に処方箋が描けるわけがない」という前提で実践的な施策を練って、試行錯誤的に論じるべきだと思う。日銀の異次元金融緩和の将来的な出口戦略も、そのように扱われるべきだ。

イメージ撮影●村越将浩

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「経済とは自然科学と思ったほうがよい。自然科学である以上、その現象の背景には何らかの自然のルールが存在し、それに基づいてすべてが動いている」という考えをお持ちの方がいます。しかし、「経済」は最も複雑な類いのものであり、世界中の経済が相互に絡み合って密接不可分な状況の下、その難解極まる複雑系の背後に、ある種の法則性を見いだして割り切れるようなものではないと思います。国家や国民といった大きな視点で研究される「マクロ経済」は、もはや一国一地域といったところで論ず ることができず、純粋な経済モデルで当てはまったひとつの恒等式は、非常にセグメントされた経済の一側面における小さな条件・細かな領域の中だけで通用する閉鎖的モデルでの法則であって、一般世界の経済現象を見る際にそれがすぐに通用するかというと、必ずしもそういったものではありません。一時代にAの国で通用した事柄がBの国、あるいはAの国の別の時代で通用するかといえば、必ずしもそうではないのです。

経済学者が100人いれば百人百様の考え方があると言って過言でないくらい、実際のところ何が真理か は誰にもわからない世界です。英国の経済学者であるケインズが最高峰と称された時代があれば、そのケインズを支持した〝ケインジアン〝は古いといわれた時代がありましたし、「マネタリー・エコノミクス」を標榜したシカゴ学派のリーダー、ミルトン・フリードマンという経済学者が一世を風靡したときもありました。

私が経済を見るにあたっては、常に学問的成果というものを踏まえて自分なりに消化し、それに照らし合わせつつ、その実態を洞察するように努力しています。しかし、いま実際に動いている複雑系の現実を完全に説明する理論は、結局のところないのです。そうした意味での限界を露呈していますから、検証・実証可能な物理学などの自然科学と同じ意味で経済学を「科学」とは呼べないと認識せねばなりません。経済というきわめて難しい複雑系における「法則性」とは、ひとつのモデルの中でのみ制約的に適用されるだけであり、この人間社会にあって当該モデル自体が完璧に当てはまった現実を探し出す のは不可能な話です。

つまり、経済は生き物であって、「ある問題に対してそう簡単に処方箋が描けるわけがない」という前提で実践的な施策を練って、試行錯誤的に論じるべきだと思います。最近は米国のFRB(連邦準備制 度理事会)の利上げ時期をめぐって多くの有識者の間で活発な議論がなされていますが、私は以前から述べているように、この6月の会合ではなく7?9月期の利上げ、たぶん9月が最有力ではないかとみており、その上げ幅もわずかなものだと予想しています。

なぜそう考えるかというと、原油価格が暴落状態でドルが非常に強いという状況では輸入品が安くなり、米国内の物価が上がってこないからです。FRBのイエレン議長はインフレの心配ではなく、むしろディスインフレ(物価上昇が小幅で、いつデフレに陥るかわからないような状況)を気にせねばならないのではないかと思います。この低インフレ傾向は、先進諸国のみならず中国などアジア諸国でも同様です。世界中の中央銀行で政策金利を上げる理由が乏しくなっているのが現況であり、イエレン議長が「今後、数年間かけて緩やかに利上げすることが適切だろう」と述べたのは、もっともなことなのです。

米国の政策金利は今後、原油価格あるいは為替水準等の行方次第で、大した上げ幅にしかならないか、ひょっとしたら当面上げないかもしれないという状況になりうるのではないかとさえ思われます。その一方で、現在の異常な金融状況を正常化させるべく、長期的にはその時々の経済情勢を織り込みながら、段階的にわずかずつ利上げしていくのだろうと思います。一方、日本の現状を振り返ると、出口戦略の話題はまだ早いと思われますが、「〝2年で2%〝というインフレ目標」の未達が濃厚となる中、異次元金融緩和をいつまでどのような形で続けるのか、いかにスムーズにゲットアウトするかの出口戦略は、非常に重要な問題です。これ以上の緩和が必要か否かは経済状況次第でしょうが、金利は大変敏感なものですから、いったん〝異次元金融緩和ストップ〝と市場が意識したなら、金利急騰(すなわち国債暴落)につながり、日本の金融のシステミックリスクが危ぶまれる状況になりかねないともいえません。

日銀は、FOMC(連邦公開市場委員会)の声明文で一字一句にまでこだわって次の手を考えつつマーケ ットに対するガイダンスを非常に慎重にやっているイエレン議長を生きた模範とし、あるいは時として反面教師として、よく研究すべきでしょう。慎重のうえにも慎重を期して言葉を選んで政策誘導に当たらなければ、そうとう難しい部分が出てくることだけは確かです。

北尾吉孝
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北尾吉孝
きたお・よしたか●1951年、兵庫県生まれ。
74年、慶應義塾大学経済学部卒業後、野村證券入社。
78年、英国ケンブリッジ大学経済学部卒業。野村證券で事業法人三部長等を経たのち、95年にソフトバンク入社、常務取締役。
99年、ソフトバンク・ファイナンス社長。
現在、インターネット総合金融グループを形成する
SBIホールディングスの代表取締役執行役員社長。
『何のために働くのか』(致知出版社)など著書多数。「facebook」にてブログを執筆中。