日本の雇用と企業風土のあり方について考える

私は、ひとつのベクトルで動いていく正社員をできる限り多くしたほうが望ましいのではないかと、経営者の端くれとして考えている。そのうえで、多様化した人材による活力ある組織づくりがもっと意識されてよいとも思う。

イメージ撮影●村越将浩

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先日、テレビの討論番組で、労働者派遣法改正案の是非を問う議論の中、同一労働・同一賃金を導入するならば、正社員をなくすべきだという旨の発言をされた方がいました。この発言は後に一部の雑誌にも取り上げられましたが、以下、正社員の制度について私の考え方を端的に述べていきたいと思います。

『孫子』冒頭の始計篇に、「道とは、民をして上と意を同じくせしむるなり」「天とは、陰陽・寒暑・時制なり」「地とは、遠近・険易・広狭・死生なり」「将とは、智・信・仁・勇・厳なり」「法とは、曲制・官道・主用なり」とあります。この「道・天・地・将・法」は五事といわれるものです。五事のそれぞれを一言で言えば、「天」とは時間的条件、「地」とは地理的条件、「将」とは将軍の器量、「法」とは軍政に関する条件、ということですが、私は「道」こそが五事の中でも最も大事だと考えています。

「道」とは、すなわち「下々の人間を上に立つ者と一心同体にさせる理念」であり、この「道」の上に乗ってきちんと国を治め、部下に対してもちゃんと「道」を踏ませ、そして部下とともに一体感を持ってやっていかねばなりません。したがって、派遣社員や契約社員のような、いわゆる処遇や状況いか んで消えていくかもしれないような形態で雇用をするよりも、孫子の言う「道(下々の人間を上に立つ者と一心同体にさせる理念)」の下で、ひとつのベクトルで動いていく正社員をできる限り多くしたほうが望ましいのではないかと、私は経営者の端くれとして思います。

また、雇用に関して、終身雇用・年功序列で発展してきた日本では、一般に転職回数が多い人は「飽きっぽい」「長く会社に貢献することができない」といった負のレッテルを貼られてしまうため、再就職に不利だという記事を先日インターネット上で見かけました。しかし、昨年7月に創業15周年を迎えた私どもSBIグループの例で説明すると、その成長を支えてきたのは各種業界からのさまざまな転職者です。数からすれば新卒社員よりも中途入社のほうが圧倒的に多く、私自身は基本的に「転職者大いに結構」というふうに考えています。特に新規事業立ち上げといった場合、やはりある程度の経験・知識を他社で蓄えた即戦力を採用するのが一番手っ取り早い方法です。

われわれが事業をスタートするちょうどそのころ、バブル崩壊後の経済低迷で大手銀行あるいは他の金融機関も経営的に苦しい状況に追い込まれていました。その際に生み出された転職希望者を上手に吸収できたおかげで、グループの急成長が現実のものになったともいえます。

私自身、今でも週に数回は中途の採用面接を行ない、毎回必ず何人かを採用する状況です。他社を辞めてくる理由は人それぞれです。自分は能力があると思う一方で評価するのは他人ですから、自分として現状に満足できない部分があるというケースも見られます。では、その人に能力がないかというとそんなことはありません。話を聞き、採用後の働きぶりを見ていますと、つまらない徒党の類いが社内にはびこっていたがために、会社の側がその人の能力をちゃんと生かしきれず、きちんとした評価ができていない状況があったのではないかと思われることも多々あります。このサラリーマン社会では上司との人間関係、あるいは派閥や徒党等による固定的状況に耐え兼ねて、能力がありながら出世できないといったケースも多いのです。われわれは、そういう人たちを採用して正当な評価を下し活用していくことができれば、大いに戦力になるというふうに一貫して考えています。

私どものグループが今後も成長を持続していくためには企業文化・企業風土の醸成ということも考えなければならないでしょう。私は経営理念の第一に『正しい倫理的価値観を持つ(「法律に触れないか」「儲かるか」ではなく、それをすることが社会正義に照らして正しいかどうかを判断基準として事業を行なう)』を掲げています。金太郎あめ的な組織風土にはよしあし共にあるわけですが、当社グループは金太郎あめ的というよりも多様化した人材の中に、前述したような倫理的価値観が貫かれているといったものを企業風土にしていきたいと思っています。

そしてそれを醸成するため、2006年より新卒の新入社員を毎年採用し、手間暇かけて一から教育して いくということもしています。これは確実にひとつの企業風土を醸成するうえで重要なプラスのファクターになっています。1999年の当社グループ創業よりの中途社員を中心としてきたものに、それが合わさることで、多様かつ永続性を有した活力ある組織体が創造されていくものと考えています。

日本全体の雇用環境についても、多様化した人材による活力ある組織づくりということが意識されてよいのではないでしょうか。

北尾吉孝
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北尾吉孝
きたお・よしたか●1951年、兵庫県生まれ。
74年、慶應義塾大学経済学部卒業後、野村證券入社。
78年、英国ケンブリッジ大学経済学部卒業。野村證券で事業法人三部長等を経たのち、95年にソフトバンク入社、常務取締役。
99年、ソフトバンク・ファイナンス社長。
現在、インターネット総合金融グループを形成する
SBIホールディングスの代表取締役執行役員社長。
『何のために働くのか』(致知出版社)など著書多数。「facebook」にてブログを執筆中。