松下幸之助さんの「観学」にまつわるエピソードで思うこと

松下幸之助さんがホンダの工場を見学させてもらった際、本田宗一郎さんに「この商売は儲かりますね」と言ったというエピソードがある。本田さんは、松下さんの「観学」する姿勢に感銘を受けたという。

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イメージ撮影●村越将浩

先日、本田技研工業の創業者、本田宗一郎さんの、とあるインタビュー記事をインターネット上で見かけました。本田さんはインタビューの中で、「僕たちは常に『見学』でなくて『観学』する姿勢が必要だと思う」とおっしゃっていました。物事をただ「見る」だけでなく、じっくりと「観察」する必要があるということです。その後、本田さんは松下幸之助さんとの次のようなエピソードを紹介されておられます。昭和28年にホンダが埼玉工場を建設した直後、松下さんの工場を見学してみたいという申し出を受けて、本田さんは工場を案内したそうです。その際、本田さんは機械のこと、車の製造技術などを松下さんに説明しましたが、松下さんは技術者ではないので何を言っているのかよくわからなかったそうです。

ところが、工場をじっくり見て回った後、松下さんは一言、「本田さん、この商売は儲かりますね」と言ったというのです。その発言を受けて、本田さんは車のことがわからないのに機械の配列、人員、作業工程の流れを素早く読み取ったうえで、この商売が儲かると見抜いた松下さんの「観学」する姿勢に感銘を受け、自分たちもその姿勢を見習うべきだと考えたというエピソードです。

関西では、人に会えばだいたいが「儲かりまっか」と挨拶するのがごく普通の世界ですから、松下さんがいかなる意味合いで「本田さん、この商売は儲かりますね」と言われたのか、率直に申し上げて私にはその真意のほどはよくわかりません。

本田さんが言われたように、「機械の配列、人員、作業工程の流れなんかを素早く読み取った」結果として「この商売は儲かりますね」と松下さんが言われた側面ももちろんあるのだろうとは思いますが、何ゆえ松下さんが儲かると思われたかを私なりに推測してみると、おそらく「自動車のような高付加価値品を製造するにもかかわらず、働いている人の数がものすごく少ないなぁ」といった視点をより強く持たれていたからではないかと考えます。

そもそも、この話で儲かるというのは次の2通りで、①自動車というモノがこれからの時代に売れていくであろうこと、②自動車という高い付加価値を有するモノが相対的に低コストでつくられていること、あるいは①と②両方の要因が複合的に組み合わさることでしかありえないでしょう。

したがって、ものづくりをずっと見てこられた松下さんがホンダの工場を見て考えたのは、ひとつは多大な需要を予測した効率的な大量生産工場であるということ、そしてもうひとつはオートメーション化という徹底的に人手を省いた効率的な生産システムであるということ、ではないでしょうか。

いずれにせよ、ことの真相は探りえませんが、少なくとも松下さんが物事をじっくりと観察する「観学」の姿勢を持たれているというだけではなく、工場を見学しただけで自動車産業の構造基盤を瞬時に見抜かれた、その慧眼を示すエピソードだと思います。

また、松下さんの慧眼を示す言葉は、書物等にいくつも残されています。そのひとつに「好況よし、不況さらによし」という言葉があります。

この言葉は普通の感覚とは逆のことを言っていて、わかりにくい部分もあるかと思います。そこで、私流に解釈すれば、以下の2つの意味があると思います。

ひとつは、長い間には「悪いときを乗り越えなければならない時期」が必ずあるということです。よい時期、悪い時期と多様な経験をする中で人は成長します。

もうひとつは、不況は会社にとって本物に生まれ変わるチャンスだということです。不況期には、モノやサービスが簡単に売れないため、会社としては徹底的に製品やサービスの見直しを行ないます。会社が生き残るために身体を筋肉質にして体力をつけていく絶好の機会となるのです。

さらに、不況のときは普通のことをやっていても効果がないので、思い切った発想、新しい発想が生まれてくるようになります。

松下さんは「かつてない困難からは、かつてない革新が生まれ、かつてない革新からは、かつてない飛躍が生まれる」ともおっしゃっています。困難があると必死になって考え、またその困難の程度が非常に大きいと従来の発想から大きな転換をしなければならないからです。

松下さんの「5%より30%のコストダウンのほうが容易」という有名な言葉も、30%のコストダウンという並大抵では成し遂げられないことをやろうとするのなら、すべてをゼロから見直さなければならず、抜本的な発想の転換を迫られるからということです。つまり、雑巾を絞っても一滴も出ないというのであれば、新たな方法を考えようとなるのが自然であり、そういった機会を与えてくれるのが不況だと思います。困難によってまったく別の発想でものを考えるようになるし、それが大胆な変革になってくるのです。

北尾吉孝
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北尾吉孝
きたお・よしたか●1951年、兵庫県生まれ。
74年、慶應義塾大学経済学部卒業後、野村證券入社。
78年、英国ケンブリッジ大学経済学部卒業。野村證券で事業法人三部長等を経たのち、95年にソフトバンク入社、常務取締役。
99年、ソフトバンク・ファイナンス社長。
現在、インターネット総合金融グループを形成する
SBIホールディングスの代表取締役執行役員社長。
『何のために働くのか』(致知出版社)など著書多数。「facebook」にてブログを執筆中。